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仏教

■仏教の起源
 仏教とは、「人間が仏になる」というブッダの教えのことです。ブッダとは「真実を悟った者」という意味で、幼名はゴータマ・シッダールタと言います。
ゴータマ・シッダールタは、紀元前5世紀頃(諸説あり)に、シャカ族の王子として現在のネパール南部に生まれました。日本では釈迦という呼び名が一般的になっていますが、それは出身部族のシャカ族にちなんだ名前です。シャカ族の聖者という意味で、釈尊(釈迦牟尼)とも呼ばれています。
 釈尊は19歳で結婚し、子ももうけましたが、生まれてすぐに母をなくすなどし、人生に思い悩むことも多く、29歳で出家して修行者となりました。35歳の時に(諸説あり)ブッダガヤの菩提樹の下で瞑想に入り、悟りを開いてブッダとなりました。以後、遍歴行脚を重ねながら教えを説き、80歳で入滅しました。
 釈尊が入滅してから、100年程経過すると、教団は保守派(上座部)と改革派(大衆部)に分裂してしまいました。改革派が大乗仏教と呼ばれるのに対して、保守派は小乗仏教と呼ばれることもありますが、その呼び名は相手をさげすんだ大乗側からのものであり、今日では上座仏教と呼ぶのが一般的になっているようです。
 上座仏教は出家信者を中心としたもので、戒律を重んじ、専ら修行と禁欲によって自己の悟りを追及する立場をとるもので、現在のスリランカ・ビルマ・タイなど、主に南方に伝わったことから南伝仏教とも言います。
 一方の在家信者を中心とした大乗仏教は、空の立場から縁起を説き、大衆の救いを第一と考える菩薩の思想を強調するもので、現在のモンゴル・中国・朝鮮・日本などに伝わったことから北伝仏教とも呼ばれています。

■日本の仏教
 大乗仏教が日本に伝えられたのは、インド・ネパールから中国・朝鮮を経由してですが、日本への最初の仏教伝来の記録は『日本書紀』にあり、522年、百済(現在の朝鮮)の聖明王から欽明天皇に仏像と経倫が贈られたことに始まるとされています。ただし、後世に残されたこうした記録以前に、仏教が伝えられていたことも充分に考えられます。その当時の仏教は、国を鎮め、国を護るために祈願するものとして、朝廷から手厚い保護を受けて隆盛をみました。 仏教の伝わり方
 平安時代になると密教が入ってくるに至り、日本古来の山岳信仰と結び付いたりもしました。最澄(伝教大師)が比叡山に天台宗を開き、空海(弘法大師)は高野山に真言宗を興しましたが、これらは当時の人々が仏教を学ぶ場ともなり、後に浄土宗を開く法然も比叡山で天台宗を学ぶなど、やがて時を経るにつれ、この天台宗から様々な宗派が生まれることとなります。
 鎌倉時代は日本仏教史上でも花開く時期となり、先に挙げた法然のほか、浄土真宗の親鸞、日蓮宗の日蓮、時宗の一遍、禅宗である臨済宗と曹洞宗をそれぞれ広めた栄西と道元らの優れた仏教者たちが登場しました。特に禅宗は武士階級の支持を集めたことから、単に宗教的側面に止まらず、文化的にも大いに栄えました。鎌倉時代において、仏教はようやく一般民衆に浸透していったのです。
 以後、時代の移り変わりと共に様々な変遷を経ながら、日常の習慣や風俗と結び付き、日本の仏教は今日に至っています。

■主な宗派の概要
系統
宗派
宗(開)祖
立宗年
本山
本尊
所依の経典
奈良仏教系 法相宗
道昭
660年 薬師寺
興福寺
薬師如来
釈迦牟尼仏
六経十一論
華厳宗
良弁
740年 東大寺 毘廬遮那仏 大方広華厳経
律宗
鑑真
759年 唐招提寺 毘廬遮那仏 四分律、梵綱経
天台系 天台宗
最澄
806年 延暦寺 (統一されず) 法華経、大日経
真言系 高野山真言宗
空海
816年 金剛峯寺 大日如来 金剛頂経、大日経
真言宗智山派 智積院
真言宗豊山派 長谷寺
浄土系 浄土宗
法然
1175年 知恩院 阿弥陀如来 浄土三部経
真宗本願寺派
親鸞
(1224)
1594年 西本願寺
真宗大谷派 1602年 東本願寺
時宗
一遍
1276年 清浄光寺
禅系 臨済宗
栄西
1202年 建仁寺 釈迦牟尼仏 (特に経典は持たず)
曹洞宗
道元
1227年 永平寺
総持寺
釈迦牟尼仏 (特に経典は持たず)
黄檗宗
隠元
1654年 萬福寺 釈迦牟尼仏 (特に経典は持たず)
日蓮系 日蓮宗
日蓮
1253年 久遠寺 十界互具曼荼羅 法華経

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